アジサイ
雨浴びてさらに色増す紫陽花は青き頭を重く垂れたり
アジサイの花を見ると、いつも思い出す大好きな詩が、三好達治の「乳母車」という詩である。
母よー
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり
時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三好達治「乳母車」・・・・詩集「測量船」より
この詩の中に、ふっているものは・・・・秋風にまう木の葉か・・・・雪か?
いずれにしても、六月の風景ではなさそうである。
それでも、この「紫陽花色の」という言葉の美しさは・・・どうであろうか。
だから、私は、かまわずに六月の紫陽花に降る雨を見ると、
淡くかなしきもののふるなり・・・と、思うのである。
三好達治の詩には、高校二年のときに教科書で出会った。
その詩は、「甃のうへ」・・・・それ以来のファンである。

<垣根沿いに咲くアジサイ > と < 三好達治詩集>
アジサイは、挿し木で簡単に増やせるので、庭の隅にどんどん増やしている。
しかし、もとは3本である。
・・・空色の、「紫陽花」という字が最も似合う、大きな球の花。
・・・繊細な感じのガクアジサイ。「万葉集」にある味狭藍(あじさい)はこの種類らしい。
・・・退職記念にある人がくれたバラ色のアジサイ・・・アジサイは日本のバラ?
植えた場所によって、花の色は微妙に変化する。
雨の似合うこの花は・・・やはり青い色がいい。
青でこそ、アジサイは美しい「紫陽花」となる・・・ように思う。
アジサイの花を見ると、いつも思い出す大好きな詩が、三好達治の「乳母車」という詩である。
母よー
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり
時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三好達治「乳母車」・・・・詩集「測量船」より
この詩の中に、ふっているものは・・・・秋風にまう木の葉か・・・・雪か?
いずれにしても、六月の風景ではなさそうである。
それでも、この「紫陽花色の」という言葉の美しさは・・・どうであろうか。
だから、私は、かまわずに六月の紫陽花に降る雨を見ると、
淡くかなしきもののふるなり・・・と、思うのである。
三好達治の詩には、高校二年のときに教科書で出会った。
その詩は、「甃のうへ」・・・・それ以来のファンである。

<垣根沿いに咲くアジサイ > と < 三好達治詩集>
アジサイは、挿し木で簡単に増やせるので、庭の隅にどんどん増やしている。
しかし、もとは3本である。
・・・空色の、「紫陽花」という字が最も似合う、大きな球の花。
・・・繊細な感じのガクアジサイ。「万葉集」にある味狭藍(あじさい)はこの種類らしい。
・・・退職記念にある人がくれたバラ色のアジサイ・・・アジサイは日本のバラ?
植えた場所によって、花の色は微妙に変化する。
雨の似合うこの花は・・・やはり青い色がいい。
青でこそ、アジサイは美しい「紫陽花」となる・・・ように思う。
漬物
泥つきの薄皮とりてラッキョウの辛き香りに身は漬かりゆく
6月は毎年、いろいろなものを、ひたすら・・・「漬ける」。
まず、梅酒を漬ける。今年は、梅ブランデーにした。
みずみずしい青梅は、まさに翡翠色。保存瓶に3つ作った。
それから、リンゴ酢で・・・梅サワーも。
梅の実の黄熟を待って、梅干し・梅味噌を漬ける。
梅干し歴は、まだ4年である。
昨年の梅干しは、とてもよい仕上がりでおいしかったが、2月で底をついた。
今年は、昨年の2倍、10キロを漬けた。そろそろ、赤紫蘇を入れなくては・・・。
< 梅ブランデー > と < 梅干し>

<あんず酒・あんずジャム> と <ラッキョウの甘酢漬け>

今年は、杏の木がたくさん小さな実をつけた。
3キロも収穫したので、1キロで杏酒を、残りをジャムにした。
最後に、ラッキョウ。
夫のついでに頼んだら、何を間違えたのか、7キロものラッキョウを買って来たのである。
泥つきが4キロ、砂丘ものが3キロ。
おかげで朝から夜中まで、私はラッキョウの始末に追われた。
薄皮をとると、ラッキョウは白いつやつやした輝きになる。
結局、甘酢漬け4キロと酒粕漬け1キロができた。
置場所がなくて、とりあえず座敷の座卓の上を保存瓶が占領している。
6月は毎年、いろいろなものを、ひたすら・・・「漬ける」。
まず、梅酒を漬ける。今年は、梅ブランデーにした。
みずみずしい青梅は、まさに翡翠色。保存瓶に3つ作った。
それから、リンゴ酢で・・・梅サワーも。
梅の実の黄熟を待って、梅干し・梅味噌を漬ける。
梅干し歴は、まだ4年である。
昨年の梅干しは、とてもよい仕上がりでおいしかったが、2月で底をついた。
今年は、昨年の2倍、10キロを漬けた。そろそろ、赤紫蘇を入れなくては・・・。
< 梅ブランデー > と < 梅干し>

<あんず酒・あんずジャム> と <ラッキョウの甘酢漬け>

今年は、杏の木がたくさん小さな実をつけた。
3キロも収穫したので、1キロで杏酒を、残りをジャムにした。
最後に、ラッキョウ。
夫のついでに頼んだら、何を間違えたのか、7キロものラッキョウを買って来たのである。
泥つきが4キロ、砂丘ものが3キロ。
おかげで朝から夜中まで、私はラッキョウの始末に追われた。
薄皮をとると、ラッキョウは白いつやつやした輝きになる。
結局、甘酢漬け4キロと酒粕漬け1キロができた。
置場所がなくて、とりあえず座敷の座卓の上を保存瓶が占領している。
梅の実
落ち梅の朽ちゆく匂い甘くして古木の上に百度目の夏
1ヶ月ぶりです。その間の忙しかったこと!
父は退院することができた。
毎日の病院通いはなくなったけど、父も母もすっかり世話を必要とする老人になってしまった。
そして、季節もいつのまにか移ろい、気温は30度を越している。
青梅はあっという間に黄熟し、次々と落ちては甘い香りを放っている。
毎年のことであるが、12本の梅の木に囲まれたこの家では、この季節、この匂いに囲まれる。
甘酸っぱいよい匂いだが、頽唐としてやるせない。

中が空洞になっている、樹齢200年くらいの梅の木がある。
倒れて横になっていたので、私は勝手に、「臥竜梅」とかっこよく呼んでいた。
今は支えられて斜めに立っているのだが、その姿が・・・
横臥の父が起き上がる姿に似ている・・・と言って、姉が笑っていた。
若木に負けず、今年もたくさんの実をつけた。
1ヶ月ぶりです。その間の忙しかったこと!
父は退院することができた。
毎日の病院通いはなくなったけど、父も母もすっかり世話を必要とする老人になってしまった。
そして、季節もいつのまにか移ろい、気温は30度を越している。
青梅はあっという間に黄熟し、次々と落ちては甘い香りを放っている。
毎年のことであるが、12本の梅の木に囲まれたこの家では、この季節、この匂いに囲まれる。
甘酸っぱいよい匂いだが、頽唐としてやるせない。

中が空洞になっている、樹齢200年くらいの梅の木がある。
倒れて横になっていたので、私は勝手に、「臥竜梅」とかっこよく呼んでいた。
今は支えられて斜めに立っているのだが、その姿が・・・
横臥の父が起き上がる姿に似ている・・・と言って、姉が笑っていた。
若木に負けず、今年もたくさんの実をつけた。
カンパニュラ
誰がために鐘を鳴らすや初夏の風にゆらぎてカンパニュラ咲く
カンパニュラとは、「鐘」という意味。ベルフラワー、釣鐘草である。
一昨年、ある温泉施設の売店で夫が苗を買ってきた。
カンパニュラという名が、頭の隅にあったようだ。
昨年、 TVドラマ「風のガーデン」の主題歌として、平原綾香が歌ったショパンのノクターンには確か「カンパニュラの恋」という副題がついていた。
ガーデンの花花が美しく、緒方健の遺作となったドラマで特別な感動があった。
そのドラマの全編を流れる「カンパニュラの恋」、その歌は心に沁みて、ドラマの中ではレクイエムのような響きがあった。
カンパニュラの花の名から、もう一つ、思い浮かぶ曲がある。
「ラ・カンパネラ」・・・フジコ・ヘミングのピアノの代名詞となった曲である。
静かな鐘の音が響くようなフジコ・ヘミングの演奏を聞くと、小さな鐘であっても誰かのために、鳴らしたいと思えてくる。
バラ
薔薇咲きて庭に明るき光さす その一輪の完き姿
黄色いバラを一輪、惜し気もなく剪ってテーブルに活けた。
「薔薇として、完璧やね」と、それを見た息子の第一声。
五月のバラの美しさは、たとえようがない。
薔薇ノ木ニ
薔薇ノ花サク。
ナニゴトノ不思議ナケレド。
薔薇ノ花。
ナニゴトノ不思議ナケレド。
照リ極マレバ木ヨリコボルル。
光コボルル。・・・・・・・・・・・・・ < 北原白秋>

バラの美しさは、西洋への憧れにも似ている。
何と言っても、「ヴィーナスの誕生」において、美の女神アフロディテと並べられる花なのである。
そして私たちの世代は、バラが咲くと自然に
バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラが
さみしかった僕の庭にバラが咲いた
と、なつかしいフォークソングを口ずさみたくなる。
黄色いバラを一輪、惜し気もなく剪ってテーブルに活けた。
「薔薇として、完璧やね」と、それを見た息子の第一声。
五月のバラの美しさは、たとえようがない。
薔薇ノ木ニ
薔薇ノ花サク。
ナニゴトノ不思議ナケレド。
薔薇ノ花。
ナニゴトノ不思議ナケレド。
照リ極マレバ木ヨリコボルル。
光コボルル。・・・・・・・・・・・・・ < 北原白秋>

バラの美しさは、西洋への憧れにも似ている。
何と言っても、「ヴィーナスの誕生」において、美の女神アフロディテと並べられる花なのである。
そして私たちの世代は、バラが咲くと自然に
バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラが さみしかった僕の庭にバラが咲いた
と、なつかしいフォークソングを口ずさみたくなる。
ライラック
ライラックの花の微かに匂ひたつ帰らざる日の罪おもふとき
「ライラックの花が咲いたよ」と、小さな鉢を夫はテーブルに置いた。
ハートの形の葉に、青紫の花である。
そういえば、昔、家の庭に白いライラックが植わっていた。
家族は、フランス風に「リラの花」と呼んでいた。
リラとマロニエは、フランス映画によく見るパリを代表する街路樹である。
幻に巴里の匂ひかぎませと多摩のみ墓にリラ奉る 堀口大学

鉢に咲くライラック トルストイ「復活」
ライラックの花からの連想で、トルストイの「復活」を開いた。
ライラックの茂みにかけ寄ると、彼女は花の散った白いライラックの枝を折り取って
・・・・・・・・・・・・・・
この時から、ネフリュードフとカチューシャとの関係は一変して、純な青年と純な少女との
互いに思い思われる、一種特別なものになってしまった。
堕落するカチューシャ、罪を悔いるネフリュードフ・・・暗い筋立てのなかで、このライラックの茂みの場面だけが明るく輝いていた。
ライラックの花は、いきいきとピュアな青春の象徴のように美しい。。
・・・・・そして、それは罪の始まりであった。
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「ライラックの花が咲いたよ」と、小さな鉢を夫はテーブルに置いた。
ハートの形の葉に、青紫の花である。
そういえば、昔、家の庭に白いライラックが植わっていた。
家族は、フランス風に「リラの花」と呼んでいた。
リラとマロニエは、フランス映画によく見るパリを代表する街路樹である。
幻に巴里の匂ひかぎませと多摩のみ墓にリラ奉る 堀口大学

鉢に咲くライラック トルストイ「復活」
ライラックの花からの連想で、トルストイの「復活」を開いた。
ライラックの茂みにかけ寄ると、彼女は花の散った白いライラックの枝を折り取って
・・・・・・・・・・・・・・
この時から、ネフリュードフとカチューシャとの関係は一変して、純な青年と純な少女との
互いに思い思われる、一種特別なものになってしまった。
堕落するカチューシャ、罪を悔いるネフリュードフ・・・暗い筋立てのなかで、このライラックの茂みの場面だけが明るく輝いていた。
ライラックの花は、いきいきとピュアな青春の象徴のように美しい。。
・・・・・そして、それは罪の始まりであった。
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遥かなる絆
「あの戦争から遠く離れて」 城戸久枝
私につながる歴史をたどる旅 情報センター出版局
昨年末に、近所の方が貸してくださった本である。
その方は、自分の両親も引揚者なので、満州や中国残留孤児について書かれたものに興味があるのだと、言われてこの本を置かれていった。
NHKで放送が始まった、土曜ドラマ「遥かなる絆」の原作である。
第1回を見たが、以前見た「大地の子」の感動を思い出して、今後を楽しみにしている。
日中の国交が断絶していた1970年に、文化大革命の中国から命がけで帰国した戦争孤児、それが作者の父、城戸幹(孫玉福)である。
満州国軍の軍人であった祖父・・・祖母・・・父の養母、
中国留学を契機にして自分自身につながる歴史に向き合っていく作者。
大河の流れのような歴史の中で、その時代を懸命に生きた三世代のノンフィクション小説である。
日本人孤児をわが子として育てる養母の姿が、胸を打つ。
すべてに別れ、記憶にもない両親や祖国へ「帰ろう」とする強い意志・・・それを支えるものは何だったのだろうか?
三世代にわたるノンフィクション小説といえば、ユン・チアン作「ワイルド・スワン」もぜひ併読してほしい。
中国の軍閥時代から、文化大革命後までの祖母、母、自分という三世代の女性を描いた作品で、中国という国を改めて教えられる。
この本で、文化大革命の恐ろしを知ったから、そのさなかに日本に帰国することが、どれほど大変で命がけであったか理解できる気がしたのである。
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私につながる歴史をたどる旅 情報センター出版局
昨年末に、近所の方が貸してくださった本である。
その方は、自分の両親も引揚者なので、満州や中国残留孤児について書かれたものに興味があるのだと、言われてこの本を置かれていった。
NHKで放送が始まった、土曜ドラマ「遥かなる絆」の原作である。
第1回を見たが、以前見た「大地の子」の感動を思い出して、今後を楽しみにしている。
日中の国交が断絶していた1970年に、文化大革命の中国から命がけで帰国した戦争孤児、それが作者の父、城戸幹(孫玉福)である。
満州国軍の軍人であった祖父・・・祖母・・・父の養母、
中国留学を契機にして自分自身につながる歴史に向き合っていく作者。
大河の流れのような歴史の中で、その時代を懸命に生きた三世代のノンフィクション小説である。
日本人孤児をわが子として育てる養母の姿が、胸を打つ。
すべてに別れ、記憶にもない両親や祖国へ「帰ろう」とする強い意志・・・それを支えるものは何だったのだろうか?
三世代にわたるノンフィクション小説といえば、ユン・チアン作「ワイルド・スワン」もぜひ併読してほしい。
中国の軍閥時代から、文化大革命後までの祖母、母、自分という三世代の女性を描いた作品で、中国という国を改めて教えられる。
この本で、文化大革命の恐ろしを知ったから、そのさなかに日本に帰国することが、どれほど大変で命がけであったか理解できる気がしたのである。
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牡丹
牡丹花は薄き花びら幾重にもうち重なりて臙脂色濃し
牡丹・・・ぼたん・・・ぼうたん・・・
幼い頃から、春の牡丹と秋の菊は、高貴な花だと思っていた。
庭に咲いていたが、子どもには採る事が許されない花であったからだろうか。
子どもの顔ほどもある大輪の花だったからだろうか。
牡丹は木であるから、どんどん枝が増えて大きくなる。
家の牡丹は、手入れをしないので花はつき放題、25ほども咲く。
それはそれで、花はやはり美しい。
子どもの頃からある牡丹 今年もらった温室育ちの牡丹

牡丹の花のイメージは、楊貴妃という美女である。
中国のあでやかさ、豊かさ、たっぷりとした美しさ・・・。
きっと、楊貴妃を牡丹にたとえた詩の一節があった・・・と思った。
白居易の長恨歌にちがいない・・・高校時代に暗誦させられた・・・。
ところが・・・どこにも牡丹など出てこない・・・?
太液の芙蓉 未央の柳
芙蓉は面のごとく 柳は眉のごとし
芙蓉・・・ふよう・・・・芙蓉とは、ハスの花のことである。
楊貴妃は、ハスの花であった!
では、牡丹は?私の楊貴妃は?
イメージ形成の謎は、解けないままである・・・???
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牡丹・・・ぼたん・・・ぼうたん・・・
幼い頃から、春の牡丹と秋の菊は、高貴な花だと思っていた。
庭に咲いていたが、子どもには採る事が許されない花であったからだろうか。
子どもの顔ほどもある大輪の花だったからだろうか。
牡丹は木であるから、どんどん枝が増えて大きくなる。
家の牡丹は、手入れをしないので花はつき放題、25ほども咲く。
それはそれで、花はやはり美しい。
子どもの頃からある牡丹 今年もらった温室育ちの牡丹

牡丹の花のイメージは、楊貴妃という美女である。
中国のあでやかさ、豊かさ、たっぷりとした美しさ・・・。
きっと、楊貴妃を牡丹にたとえた詩の一節があった・・・と思った。
白居易の長恨歌にちがいない・・・高校時代に暗誦させられた・・・。
ところが・・・どこにも牡丹など出てこない・・・?
太液の芙蓉 未央の柳
芙蓉は面のごとく 柳は眉のごとし
芙蓉・・・ふよう・・・・芙蓉とは、ハスの花のことである。
楊貴妃は、ハスの花であった!
では、牡丹は?私の楊貴妃は?
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万葉集
お久しぶりです!
父の入院や看護などで、時間の余裕も心の余裕も失くしてたけど、
やっと、今朝はパソコンの前に座っています。
毎朝の5分間、NHKの「日めくり万葉集」を見ている。
いろいろな立場の人が、それぞれの万葉集を語るのが、楽しい。
それを聞いてから一日を始めると、気分よく、いい一日になりそうに思える。
自分ならば、どの一首を選ぶだろうか・・・と考えたけれど、なかなか難しい。
秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いづへの方にわが恋止まむ 磐姫
礒の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君がありといはなくに 大伯皇女
やはり、こういうドラマティックな歌かなあ・・・と思う。
本棚にあった古い本を、読み返している。
謎の多い歌人である「柿本人麻呂」については、多くの本が書かれているが、
山本健吉の「柿本人麻呂」は、何度も読み返してもよいと思える一冊だと思う。

西郷信綱の「萬葉私記」は、1970年頃の若かりし私が、なけなしの金をはたいて買った懐かしい本である。
あの頃、定価1500円が、とても高価に感じた。
開くと、ところどころ傍線が引かれ、幼いとしか言いようのない字で書き込みがある。
・・・・・40年近くの歳月が、流れたのだなあ。
そして変わらずに、1300年を経て色褪せない「万葉集」を読むことの・・・幸せに感謝する。
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今日のご訪問ありがとうございます。
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父の入院や看護などで、時間の余裕も心の余裕も失くしてたけど、
やっと、今朝はパソコンの前に座っています。
毎朝の5分間、NHKの「日めくり万葉集」を見ている。
いろいろな立場の人が、それぞれの万葉集を語るのが、楽しい。
それを聞いてから一日を始めると、気分よく、いい一日になりそうに思える。
自分ならば、どの一首を選ぶだろうか・・・と考えたけれど、なかなか難しい。
秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いづへの方にわが恋止まむ 磐姫
礒の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君がありといはなくに 大伯皇女
やはり、こういうドラマティックな歌かなあ・・・と思う。
本棚にあった古い本を、読み返している。
謎の多い歌人である「柿本人麻呂」については、多くの本が書かれているが、
山本健吉の「柿本人麻呂」は、何度も読み返してもよいと思える一冊だと思う。

西郷信綱の「萬葉私記」は、1970年頃の若かりし私が、なけなしの金をはたいて買った懐かしい本である。
あの頃、定価1500円が、とても高価に感じた。
開くと、ところどころ傍線が引かれ、幼いとしか言いようのない字で書き込みがある。
・・・・・40年近くの歳月が、流れたのだなあ。
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蘭そして桃
一鉢の退職記念のシンビジウム三鉢に増えて花芽つけをり
3月は、卒業と人事異動の季節。別れと再出発の季節である。
3年前に、32年間続けた仕事を辞めたとき、退職記念にシンビジウムをいただいた。
放っているのに、毎年けなげに花芽をつける。
豪華な花である。
しかも、1ヶ月ほども咲き続ける強さをもっている。
はかなげな風情がなく、贅沢な麗人のような花である。
シンビジウム 花桃

花モモは、息子の小学校入学を記念して植えた木である。
1本の木に、紅白の花が混じり合って咲く。
以前、枯れたようになった時があった。
もう枯れてしまったと、あきらめていたら・・・自然によみがえった。
「古事記」では、黄泉の国から逃げるイザナギノミコトは、モモの木の下にかくれる。
そして、モモの実を投げて雷神を追い払うのだ。
古代には、モモは魔よけの力があった。
子ども達は大きく育ったが・・・まだまだ。
わが庭の小さい桃の木よ・・・力ある限り・・・わが子を守れよ。
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3月は、卒業と人事異動の季節。別れと再出発の季節である。
3年前に、32年間続けた仕事を辞めたとき、退職記念にシンビジウムをいただいた。
放っているのに、毎年けなげに花芽をつける。
豪華な花である。
しかも、1ヶ月ほども咲き続ける強さをもっている。
はかなげな風情がなく、贅沢な麗人のような花である。
シンビジウム 花桃

花モモは、息子の小学校入学を記念して植えた木である。
1本の木に、紅白の花が混じり合って咲く。
以前、枯れたようになった時があった。
もう枯れてしまったと、あきらめていたら・・・自然によみがえった。
「古事記」では、黄泉の国から逃げるイザナギノミコトは、モモの木の下にかくれる。
そして、モモの実を投げて雷神を追い払うのだ。
古代には、モモは魔よけの力があった。
子ども達は大きく育ったが・・・まだまだ。
わが庭の小さい桃の木よ・・・力ある限り・・・わが子を守れよ。
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