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黒地の絵

今年は、松本清張の生誕100年らしい。
そこで、私も清張の作品を読んだり、読み返したりしている。
短編集より・・・。  

 「黒地の絵」   松本清張

   昭和25年7月11日夜の、小倉キャンプに起こった黒人兵たちの集団脱走と
  暴行の正確な経緯を知ることは誰も困難である。

   彼らは午後8時ごろ、兵営から闇の中に散っていった。
   手榴弾と自動小銃を持ち、完全武装をしていた。
   彼らは民家を襲った。


             黒地の絵

 小説の舞台は、1850年~1951年、朝鮮戦争のころの小倉市(北九州市小倉区)。
 米軍のジョウノ・キャンプ・・・・戦争中は陸軍の補給廠
 占領下の日本(小倉)で実際にあった事件である。

  不運は、この部隊が黒い人間だったことであり、
 その寝泊りの始まった日が、祭りの太鼓が全市に鳴っている日に一致したことであった。

 
私は、学生時代を小倉で過ごした。
   7月の始めの小倉では、どこでも祇園太鼓の音が聞こえてきた。
城野や三萩野も、何度も歩いたことがある。
    城野刑務所の高い壁、自衛隊の駐屯地、米兵の住宅、山田弾薬庫・・・・・。

1950年といえば、私の生まれる前年である。
その頃、北朝鮮軍の前に退却していた米軍。
その最前線に送り込まれた黒人兵たちの、恐怖と絶望。

  太鼓の鈍い音律が、彼らの狩猟の血をひきだした。
  この狩猟には、蒼ざめた絶望から噴き出したどす黒い歓喜があった。


      250人の黒人脱走兵。
    犯された妻の夫。
      黒地の皮膚に彫られた刺青。
    米兵の戦死者の遺体処理の仕事。
    男の復讐 ・・・・・  占領下の日本で実際にあったショッキングな事件である。

 読後の、何ともいえないやりきれなさは、何ゆえだろう?

 弱者弱者を襲い・・・弱者が弱者に復讐を果たした・・・からか?

    < 付け加え・・同じ短編集の中の「装飾評伝」も、ゾッとする作品だった>




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